
1996年に平凡社から出版された今西錦司博士の名著『イワナとヤマメ 渓魚の生態と釣り』が、このたびヤマケイ文庫として復刊しました。私は編集のお手伝いをさせていただきました。
『イワナとヤマメ』は大きく前半の論稿と後半のエッセイに分けられますが、論稿「イワナとヤマメ」(1951年)および「イワナ属--その日本における分布」(1967年)は、当時混沌としていたイワナ・ヤマメの分類について、在野の生態学者という立場から論じたもので、当時はもちろん、のちのちまで専門家や釣り人に多大な影響を与えました。
一例を挙げると、当時の魚類学の権威である大島正満博士が日本のイワナをその体の斑点でニッコウイワナ、ヤマトイワナ、エゾイワナ(アメマス)などを別種に分けていたのに対し、今西博士は体色は地域によって連続的に移り変わるもので、これを種を分かつ基準にはできないと論じました(ゴギだけは頭頂部の斑点の有無などから別種と判断)。
初期の論稿「イワナとヤマメ」からは75年、今西博士の結論とも考えられる「イワナ属--その日本における分布」からは59年という月日が経ちましたが、今なお、このイワナやヤマメという「混沌とした」渓魚を理解するためのヒントがたくさん散りばめられた名作と言えるかと思います。
今回、編集をするにあたり、意識したことが3つあります。
まずひとつ目は、ここに収められている内容が60〜70年前に書かれたものであることを、読者の皆さんに印象づけられるようにしたいという点です。
今西博士の論はとても具体的かつ論理性に富んでいるため、古典の域を超えて、ともすれば「現在明らかにされている事実」としても読めてしまいがちな点が、私個人的には気になっていました。あくまでも60〜70年前の論であるという前提で読むことで、この本が現代に読まれる価値が発揮されると考え、それぞれの作品のタイトルの脇に、目立つ形で書かれた年を入れることとしました。
2つ目は、目玉となるふたつの論稿(「イワナとヤマメ」「イワナ属--その日本における分布」)には、16年という年月が流れていることを読者の方々に意識してもらうという点です。平凡社版では、2つの論稿が並べられており、そのままの流れで読めてしまうのですが、今西博士の論は、この間の16年間でだいぶ変わっています。その変化の過程を追うことで、16年という年月をまたいで書かれた「イワナ属--その日本における分布」の意味が際立つと考え、2つの論稿の間に、原書ではエッセイ「渓流・渓魚」のパートに含められていた2編「中国地方のイワナ探検」「イワナ探検その後」を、2つの論稿の間に挟み込む構成としました。イワナ探検の2編を経て、今西博士の論が「イワナとヤマメ」から「イワナ属--その日本における分布」へと大きく変化した過程をより詳しく理解することができるためです。
そして3つ目は、現代における最先端のDNA解析を用いた系統地理の専門家である山本祥一郎博士に、「DNAから見たイワナ類、ヤマメの系統」を、この本の解説の域を超えたひとつの「論稿」として書いていただいたことです。
今西博士の時代、魚の分類はほとんどが形態、つまりは見た目の違いに準じていました。今はDNA解析による「見えない」分類が進められています。その第一人者である山本博士に、今西博士の時代を振り返ってもらいながら、ご自身の研究成果をもとに現代のイワナ類とヤマメの系統地理について論じてもらいました。

上は山本博士らによる最新のイワナの系統地理についての研究成果。一昨年の『山釣りJOY2024』ヤマトイワナ特集でもご紹介しましたが、今回は山本博士自らが執筆したより包括的なわかりやすい内容となっています。
この論稿をだけでも、本書を手元に置く価値はあると断言できるとても重要なものとなっています。
イワナとヤマメを私たちがどのように捉えてきたのか、60〜70年前の今西博士の解釈と、山本博士による現代の解釈。その両方を読み比べることで、イワナとヤマメという魚たちの難しさ、面白さ、魅力をより一層、知ることができるのではないかと思います。
カバー画は大好きな長嶋祐成さん。口絵には森田健太郎さんに水中写真をお借りしています。森田健太郎さんの新著『サケマス物語』(ちくま新書)のカバーにも長嶋さんの画といううれしい偶然もありました。
ぜひ、ご覧になっていただけると幸いです。
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