だいぶ暑くなりました。

我が埼玉県では、すでに寝苦しい夜を迎えております。

終わらない蚊との攻防とか・・。

 

さて。

先日、ある方のフェイスブックを見ていましたら、この本のことが紹介されておりまして。

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湯川豊さんのイワナの夏。

 

私も大好きな本なので、近くの公園への散歩がてら、アイスコーヒーなど飲みながら木漏れ日の下、パラパラとページをめくっていたんです。

 

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すると、なんでしょう。

ちょっと不思議な感覚・・というか、シンプルに言えば、改めてとても心に沁みた、というかよかったんですね。すごくよかったんです。

 

そもそもイワナやヤマメを狙うフライフィッシングがベースとなっている一冊なので、私自身のツボとしてもど真ん中ではあるのですが、そのときは(ほんの15分ぐらいなのですが)それまで体感したことのない幸福感というか、よい感じに浸ることができました。

 

それは自分の気持ちの表れでもあると思います。

心のコンディションとでもいいますか。

何かに追われ、気持ちが切迫してるようなときはダメですね。

逆に気持ちがゆったりしてるときの読書は楽しい。

 

でも、そのときに感じたのは、心のコンディション以上に、読書をした空間が、このような幸福感へといざなってくれた、ということです。

何も考えずにアイスコーヒーを飲みながら休日の午前中のひとときを木漏れ日の下で過ごす。ペラペラとめくる紙の上には太陽の光が優しく揺れて、風はちょうど心地よく半ズボンの足を撫で、隣のベンチでは地元のおじいさんおばあさんが世間話に花を咲かせ、その足元には毛むくじゃらの犬が冷たいコンクリにへばりつき・・。

フェイスブックでその方が「私のお気に入りは~」と紹介されていた「約束の川」を読みながら、そんな感慨にふけっていると、そこにはいままさに自分が感じていたような気持ちと似たようなことが書いてあり・・・(作者の場合、それは本ではなく川でした)。

 

偶然にも、その本を読むべきタイミングを知ることができたなら、それが幸福な読書だったりするのかな・・

なあんて、思ったのでした。□