私は外来種問題に大きな興味をもつ物ですが、「外来種」という言葉の解釈を、つい先日まで、少し取り違えていました。今回はそのことについて、書きたいと思います。

まず皆さん、今、佐渡にいるトキは外来種だと思いますか?

ご存知の通り、日本のトキは2003年に絶滅しました。今いるトキは、中国から連れてこられて放鳥されたトキです。

外国から連れてこられたトキなのだから、外来種では?

そう考える人も多いかと思います。

ところがトキは、どうやら外来種にはあたらないようなのです。

その理由は、日本のトキと中国のトキは「同じ種」であるためです。

外来種の定義を農林水産省のHPで「外来種」をキーワード検索すると一番最初に出てくる「特定外来生物とは何か?」というPDFの中に次のような外来種の用語解説があります。

「外来種とは、人為の影響によって本来の生息地域から、元々は 生息していなかった地域に入り込んだ生物のことである」

この説明に沿って考えてみますと、佐渡のトキの場合「人為の影響によって入り込んだ生物のことである」ことは間違いありませんが、一方で「本来の生息地域から、元々は生息していなかった地域に」というのは誤りであることがわかります。

トキの場合、元々同じ「種」が生息していた地域に放鳥したのであって、その点で外来種の定義には当てはまらないのです。

ここで、同じ「種」と、「種」を強調したのには理由があります。では「亜種」はどうなのだろう?というのが私の疑問だったからです。亜種とは次の通り。

「(動物分類群における)亜種とは、同一種であるが,分布域の異なる複数の集団が何らかの外部形態形質で互いに区別できるとき,それらに正式な学名をつけて区別している場合がある。それを亜種という。」(レッドデータブックとっとり)

たとえば渓流魚のヤマメとアマゴは、同じ「種」ですが、別の「亜種」同士というわけです。イワナならばアメマス、ニッコウイワナ、ヤマトイワナ、ゴギはすべて同じ「イワナ」というひとつの「種」の中に含まれる別の「亜種」とされています。

では同じ「亜種」ならば全く同じなのか?といえば、「亜種」もまた、分布や習性、遺伝的特性や形態などの違いを持つ細かなグループに分けられたりしています。これらは「地域個体群」「地域集団」「系群」などとも呼ばれています。

 

日本のトキと中国のトキは、遺伝的にも調べられていて、ほとんど違いはないとされています。形態的にも違いはなく、それゆえ「同種」とされています。「亜種」レベルの差もありません。そして昔は日本と中国を行ったり来たりもしていたようです。

この「昔」がいつ頃のことなのか? 最近も来ているのであれば、待っていれば(導入せずとも)いずれまたトキは中国から勝手にやってくるのではないか?など気になる点はありますが・・今回は言葉の定義について、話を絞ります。

ともあれ、日本のトキと中国のトキは同じ「種」であり、「亜種」レベルの違いもないことが確かめられています。ただ、逆にいえば、全く同じではないことも確かな話で(遺伝的にもわずかな差異は認められています)。そういった意味では日本のトキと中国の時とは別の「地域個体群」、ということにもなるのかもしれません。

 先日、私の信頼する魚類生態学者から、中国産のトキの日本への放鳥を渓流魚に例え、このようなお言葉をいただきました。

「トキについては、種内の別個体群(地域集団)を用いた再導入なので、移動分散性から想像するに、そうそう氾濫などで交流しない隣の川に、アマゴを再導入するような感じでしょうか 」

 

話を戻します。

「外来種とは、人為の影響によって本来の生息地域から、元々は 生息していなかった地域に入り込んだ生物のことである」

最初に挙げたこの定義の文中にある「生物」という部分に「種」「亜種」「地域個体群」をそれぞれ当てはめてみました。

①生物=種とした場合、

「外来種とは、人為の影響によって本来の生息地域から、元々は 生息していなかった地域に入り込んだ『種』のことである」

→トキは当てはまらず、外来種ではない。

②生物=種および亜種とした場合、

「外来種とは、人為の影響によって本来の生息地域から、元々は 生息していなかった地域に入り込んだ『種』および『亜種』のことである」

→トキは当てはまらず、外来種ではない。アマゴ生息域に放流されたヤマメ(別亜種)はこの定義に当てはまり、外来種となる。

③生物=種および亜種および地域個体群とした場合、

「外来種とは、人為の影響によって本来の生息地域から、元々は 生息していなかった地域に入り込んだ『種』および『亜種』および『地域個体群』のことである」

→トキもこれにはおそらく当てはまり、外来種となる。 

この定義だと「生物」の部分にどのような分類基準を当てはめるかによって、解釈は微妙に変わってしまうのです。そして私はトキや渓流魚に関して、この定義の「生物」の部分に「種」ではなく、より細かな違いである「地域個体群」を当てはめ、少しでも違うのならば、他所から連れてこられたものは「外来種」である、という使い方をしてきました(なぜか勝手に・・)

でも、それは誤りだったのかもしれません。

ちなみにここで引用している農林水産省の定義は、そこまで特別なものではなく、たとえば世界的な環境保全団体であるWWFも次のように定義しています。

外来生物(外来種)とは「もともとその地域にいなかったのに、人間の活動によって意図的・非意図的に持ち込まれた生きもののこと」を言います。 (WWFジャパン)

 この場合も「生きもの」の部分に、どのような分類基準を当てはめるかによって、解釈は変わります。

ただ、「外来種」と「種」を問題にしているわけですから、やはり基本的には「種」を当てはめるべきなのでしょう。実際、最近になって、この問題に関わっていたり関心を寄せている多くの生態学者や分類学者はそのように解釈していると知りました。

 となれば、トキは外来種ではない、ということになります。

 

実際、外来種対策に取り組み、トキの放鳥事業も推進する環境省の用語辞典(こちらです)には、さらに明確な定義がありました。

「導入(意図的・非意図的を問わず人為的に、過去あるいは現在の自然分布域外へ移動させること。導入の時期は問わない。)によりその自然分布域(その生物が本来有する能力で移動できる範囲により定まる地域)の外に生育又は生息する生物種(分類学的に異なる集団とされる、亜種、変種を含む)」。(日本の外来種対策用語集より引用)

そこには明確に「生物種」とあり、またそこには「亜種」が含まれることも書かれていました。

上の説明でいうならば、②が環境省の出している外来種の定義、となります。

つまり、トキは外来種の定義には含まれず、ヤマメの自然分布域に放流されたアマゴは外来種と定義される、というわけです。

実はこの用語辞典については今回ブログを書く上で調べていたら行き当たったのですが、ここまで明確な定義があるならば、外来種問題の話を書く時は、私もこの環境省の用語辞典の定義に準じて書いていこうと思いました。

ただ、もちろん、環境省の定義が唯一無二の絶対的なものであるわけではないことも、また事実として知っておかなければなりません。

たとえば「トキは外来種」という記事はネットにもありますし、絵本に書かれていたりもしますが、それを全て「間違いだ」と断じてしまうのは、少々乱暴な気もします。「外来種」含め、言葉とは共有されることによって機能するコミュニケーションツールであり、(誤解をおそれずに)言ってしまえば、誰が定めたっていいものだからです。それを多くの人が支持するかどうかはまた別として・・。

「トキは外来種」と書かれたものを見たならば、「間違いだ」と断じる以前に、書き手や発信者がどのような定義に基づいているのか、またどのような意図を持って、その定義を用いているのかまでを読み取ってみることを優先したいと私は考えています。その上で、出来ることならば、自分が信じて使っている定義を相手に説明したいとも・・。

ただ、何かを伝えようとする際に、言葉の定義などその前提となるものが共有されていないと、話がまるで噛み合わなくなってしまいます。言葉はコミュニケーションのツールですから、昨今の政治家のようにコミュニケーションを拒絶する使い方はさておき(つまりそう言った使い方もできてしまうというわけです)、広くコミュニケーションを図る上では、できるだけ広い範囲での定義の共有が必要になってくるかと思います。そんな意味では、「外来種」に関しては、やはり環境省の言葉の定義を尊重すべきというのが、今の私の考えです。

環境省の言葉の定義といえばもうひとつ、「外来生物」という言葉も紹介しておきましょう。次のようになります。

一般的には、「外来種」とほぼ同義で用いられている事が多い。外来生物法では、「海外から我が国に導入されることによりその本来の生息地又は生育地の外に存することとなる生物」と定義されている「法律用語」。つまり、国外から日本に導入されるもののみを対象としており、いわゆる国内由来の外来種は含まない。(日本の外来種対策用語集)

外来生物法という法律の中で使う用語としての「外来生物」は、「外来種」とは異なり、国外から日本に導入されるもののみを対象とするとあります。

ここで、「え? 『外来種』もそうじゃないの?」と思った人も多いのではないでしょうか。

今一度、農林水産省HPからの定義を見てみましょう。

「外来種とは、人為の影響によって本来の生息地域から、元々は 生息していなかった地域に入り込んだ生物のことである」

 「外来種」には、国外からの導入も国内からの導入も含むんですね。これを分ける言葉もありまして、次のようにされています。

国外から導入された外来種=国外外来種

国内から導入された外来種=国内外来種

その中で、外来生物法という法律に限っては、「外来生物」という言葉を国外外来種のみを示した言葉として用いているというわけです。ややこしいですね・・。

 

長くなってしまいました。なぜ私がこんなにも細かい言葉の定義にこだわるのか?について、最後に少し書きたいと思います。

言葉が変わっても、対象とされるもの自体は変わりません。

言ってしまえば、トキが「外来種」であろうとなかろうと、放鳥されたトキそのものがその地域の生態系に及ぼす影響に違いはないはずです。

ただ、人の行動や考えは、言葉に大きく左右されます。

たとえば「外来種」という言葉には、すでに強い印象がついており、人の行動や考えは、その印象に左右されてしまいます。

どちらかというとトキの放鳥は、それ自体が地域の生態系におよぼす何かよりも、それによって動く人の気持ちやお金などに強い影響を与えるものではないかと思いますので、言葉の使い方はより大切にしなければならないのではないか・・と思っている次第です。

トキの学名は「ニッポニア・ニッポン」。これもまた、多くの人の行動や考えに影響を及ぼしている言葉ですね・・。

 

小沢健二さんの『流動体について』という歌に、次のようなフレーズがあります。

意思は言葉を変え 言葉は都市を変えていく 躍動する流動体

そうだよなーと思いつつ、自分に改めて言い聞かせます。

コミュニケーションの前提となる重要な言葉は、できるだけ繊細に使うこと。

そして言葉の持つ印象が強ければ強いほど、その印象に流されないようにも注意すること。

「外来種」という言葉に多くの人がもう少し慣れ親しんで広く共有され、その使われ方や印象が、この先もう少し変わっていくことを願いつつ、書き留めておきました。〈若林〉

 

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