昨年の秋に、川に行ったときのことです。

 

普段はひとりが多いのですが、そのときは撮影の仕事も兼ね、S君とふたりで。

こんな川へ。

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「のんびり釣りしてまーす」なんて言うS君を残し、私はドライスーツを着込んで水中へ。

シュノーケリングでサクラマスを観察しようと川を下っていったんです。

 

川にはサクラマスはおらず、見えるのはウグイや小さなヤマメばかり。サクラマスはいないかと下流へ下流へ流されながら、水中観察を続けていました。

 

ふと、釣りをしているS君の様子が気になりました。

自分が先に川を下っちゃ、釣れる魚も釣れないな~・・・と。

 

顔を上げて後ろを振り返ってみると、そこにはだれもおらず、秋の涼しい風がひゅーっと川を通っていきました。

 

ん、とりあえず戻ろう。

 

そう思い、私は流されてきた川を、時折、岩陰をのぞきこんだりしながら上っていきました。

そして10分ほど川を歩いてスタート地点、つまり川に入った場所まで戻りました。

 

S君はいません。

 

上流にでもいったのかな?

 

そのまま2~3分ほど川を上りました。

すると大きな淵と藪があり、これ以上先へは進めないだろうという場所にきました。

いや、無理をすれば進めるかもしれませんが、ちょっと無理はしたくないな・・というぐらいの水量です。

 

少し胸騒ぎがしました。

 

急ぎ足でまた川を下ってスタート地点に戻るもS君はおらず。

ムクムクと不安な気持ちがこみ上げてきました。

まさか・・溺れたんじゃ・・。

 

私はドライスーツを着たまま、頭にはフードをかぶり、その上には水中マスクもつけたまま、ジャバジャバと川を駆け下りました。

 

「Sくーん!! Sくーん!!」と大声で名前を呼びながら。

しかも水中カメラを手に持ったまま。知らぬ間にシャッターが2回切れてました。

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しばらく川を下ると、大きな淵があり、その先に進むことができなくなりました。

私が最初に下ったときは川に流されながらだったので、歩いては渡れないぐらい深いことには気づかなかったんです。そしてその先には、そんな大きな淵がいくつか連続しているようでした。

 

焦った私は、息を切らしながら、またしても川の上流へと走りました。

S君の名前を大声で呼びながら。

 

ところがここで、アクシデントが起きました。

 

コンタクトレンズが片方外れてしまったのです。

 

ただでさえ歩きにくい川を片目が不自由な状態で歩くのは非常に危険です。しかもポツポツと雨まで降ってきました。

 

泣きそうでした。というか、泣いてたかもしれません。

 

しばしその場で途方に暮れてると、あることに気づきました。

 

水中マスク、着けてんじゃん・・・。

 

 

奇跡的に(・・というか当たり前の話なのですが)、水中マスクのガラス面には、はずれたコンタクトレンズがくっついてました。なんとか目に入れると少し落ち着くことができました。

そのとき私は、とあることに気づき、ぞっとしたのです・・。

 

私はフードをかぶったままでした。

フードとはスピードスケートの選手がかぶっているようなアレで、ほとんど耳をふさいでいる状態なんですね。

だからたとえS君が助けを求めていたとしても、私にはまったく聞こえなかった、というわけです。

 

フードを脱ぎ、マスクを首にかけると、大声でS君の名前を呼びながら、また上流へと向かっていきました。

とはいえドライスーツをきたままですから、すでに疲れ果て、ヨロヨロしながら歩いているだけだったかもしれません。

 

そしてスタート地点へと近づいたそのとき・・・。

 

「おおぅ~い・・・」

 

かすかに人の声が聞こえた気がしました。

 

「おおぅ~い・・・」

 

やっぱり聞こえる! S君だ!

 

声は川沿いの土手の上から聞こえました。

S君は川から上がってたんだ!

 

雨で濡れて滑る土手を必死にのぼりました。

 

なのに・・・。

 

そこにいたのはS君ではありませんでした。

 

「おーい! どしたー?」

 

地元の農家のおじさんだったのです。

川から私の声を聞いたのでしょう。心配して声をかけてくれていたのです。

 

私は目の前が真っ暗になりました。

「一緒にいた釣り人が! ・・・いなくなっちゃったんです。溺れてしまったのかも・・・」

そこまで言うと、私は土手を下流に向かって駆けだしました。

 

川は藪に覆われていますから、土手からだとあまり見えないのですが、それでも何かせずにいられずに、大声をあげながら駆け下っていきました。

 

そのときです。

 

パパパーーーンッ!!

ものすごい発砲音が後ろのほうで聞こえました。

農家のおじさんが鳴らした爆竹でした。

 

パパパパーンッ!!

パパパーーン!!

 

その音を聞いたとき、私は再び、ゾゾ~ッとしたのです。

 

いやがおうにも完全に非常事態であることを、この爆竹音で告げられてしまったからです。

 

まだ4時前だというのにだいぶあたりはだいぶ暗くなってました。

頭の中にはS君が大きな淵の中でユラユラと漂っている映像が浮かびました。

 

絶望感に打ちひしがれながら走り続けると、藪ばかりだった川辺が少し開けた所が遠目に入りました。

 

橋でした。

そしてその橋のたもとにひとりの釣り人がいました。

S君でした。

 

へなへなと膝の力が抜けるのを感じながら、ありったけの声を振り絞って私は叫びました。

「S君! Sくーーんッ!!」

S君は気づかずにこちらに背をむけたまま釣りを続けています。

 

私は転がるように土手を降り、5mぐらい先にいるS君を大声で呼びました。

 

「S君!!」

 

・・・なんと気づかず。

 

私はここで三度、そして心底ゾーッとしました・・。

 

人間の声なんて、川のそばじゃこんなものなのかと・・。

目の前で叫んでも聞こえないのかと・・。

 

農家のおじさんに無事を告げ、お騒がせしたことを詫びました。

 

雨は上がり、空には白い月がひとつ。

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冷静に考えれば、ただただ自分がパニックになっていただけのような気もします。

でも釣り場で分かれてしまったパーティには、「単独」にはないコワさがあると知ったのでした。

 

ともあれ元の日常に戻れたことに、感謝、感謝でありました。□