昨日、待ちに待っていた二神慎之介さんの写真絵本『森と川、山と海 ヒグマの旅』(文一総合出版)が届きました。

帯には「ヒグマだって、生きていくのはたいへんだ。」とあります。

ともすれば迫力のある強者として見られがちなヒグマですが、自分の足で彼らの生息地を歩き、彼らの四季を通した暮らしを見てきた著者の率直な感想なのでしょう。

私はヒグマを見たことがありません。

正確に言えば上野動物園のヒグマは園内で一番好きなぐらいに気に入ってますが、野生下のヒグマは、北海道の川で足跡と糞を少々ぐらい。なので私の中のヒグマのイメージは、テレビのドキュメントや、新聞やネットでの出没ニュースや、釣り人のSNSによる危険体験、それに吉村昭『羆嵐』など‥。

目に飛び込んできがちなのは、秋の川でカラフトマスやサケにバシャバシャと襲いかかる姿。「強い動物」という印象をことさら強調したような「迫力のある」写真。そして最近では町中に出没する危険物としての姿。

それはどちらかといえば人前に出てきた姿であり、大勢のカメラマンを前にしたサケ狩りを含め、どちらかというと普段とは違う、特別な状態の姿なのかもしれません。観光地の紅葉のピーク時の姿のような‥。ある意味では鮮やかな瞬間、でもある意味では一年の中のほんの一瞬の姿。もっといえば、本来ではない姿、なのかもしれません。

『ヒグマの旅』は、それらの特別な瞬間を特別とせず、抜き取りピックアップしてことさら強調することもなく、フラットな視点でヒグマの暮らしを写真と文章で差し出した本であると読みました。

もちろん、冬眠明けのヒグマが弱ったエゾシカを食べるシーンなど、野生をむき出しにした表情に気圧されますが、それもことさら「恐怖」だったり、ましてや「凶暴さ」なんかを表現したものではありません。言ってみれば、ヒグマの普段の暮らしの一場面というような‥迫力のあるワンカットもそのように思わせてくれるのが不思議です。

『ヒグマの旅』では、ヒグマがシカやサケだけでなく、ドングリなど木の実やアリやセミの幼虫など様々な動植物を食べていること、さらに食べ物の少ない夏にはハイマツの実までかじりに標高1500mまで上り詰めていくこと、そのクマが秋の気配を感じると1500mをくだり、丸い石がゴロゴロと転がるゴロタ浜の海辺でカラフトマスの到来を待つことなど、多様な自然を利用する姿を教えてくれます。

食物連鎖の頂点に立つヒグマは実に多くのものに生かされている存在で、ヒグマのいる環境は、それを支えるだけ豊かなものであることも教えてくれます。

人との接触の機会が増えてきた昨今、どうしても「危険生物」としてのヒグマが際立ってしまいがちですが、まず多くの人が知識のベースとして知るべきは、こんなヒグマの普通の暮らしの姿なのではないだろうかと‥そんなことを思いました。

『ヒグマの旅』は、子どもが楽しめる写真絵本ですが、決して子どもだけに向けられたものではありません。常々、スマホ画面では魅力の半分も伝わらないと思っている二神さんの写真が、印刷物として大きく見ることのできる写真集でもあります。一枚一枚の写真を眺めて、あれやこれやと想像を膨らませることができる写真です。

二神さんの動物写真に対し、ずっと思いつづけていることがあります。それは「撮り手を感じさせない」写真である、ということです。写真は表現の手段ですから、撮り手を感じさせない‥というのは失礼な言い方になってしまうかもしれません。

動物写真、特に哺乳類や鳥類など体温を持った動物の写真には、特に撮り手の感情が乗っかっている写真が多いように感じています。可愛いネコちゃんをどこまでも可愛く・・とか、トラをどこまでも怖ろしく・・とか。タヌキをどこまでも滑稽に・・とかも。それもそれでひとつの表現された写真ですから、面白いし、私も好きで楽しく見ています。

二神さんの写真に感じる「撮り手を感じさせない」というのは、思うに「撮り手ではなく動物そのもの」を見せてくれる写真ではないか。人間の情で作られるものとは別物の、いわば他者としての動物そのものを見ることができる写真です。その他者も、普遍的な意味での他者ではなく、個としての他者です。いわば「ヒグマ」ではなく「このヒグマ」。つまり、自然下で実際に自分がこのヒグマを目撃しているかのような、そんな気持ちにさせてくれるのです。

動物の内面を覗きこめるようなポートレート、とも言えるのかもしれません。

二神さんには弊社発行の渓流釣りの本『RIVER-WALK Vol.2』に「動物写真家の川時間」という写真とエッセイをご寄稿していただいてます。

『ヒグマの旅』にもつながるご自身のクマ追いの川時間について。

こちらもぜひ、合わせて見ていただけると幸いです。

最後は自社本のPRにもなってしまいましたが、『森と川、山と海 ヒグマの旅』(文一総合出版)は広く長く読まれていく一冊です。ぜひ傍らに置いて、動物たちの暮らしと内面を覗いて見てください!

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