『RIVER-WALK』First Issue、Vol.2、Vol.3の3冊に連作として掲載し、Vol.3にて完結した本山賢司さんのイラストレーションストーリー「川と森の掟」。

そのあらすじを、本山さんがインスタグラムにアップしていただいた絵に編集・若林が文をつけ、さらに一部文章を抜粋しながらご紹介します!

ネタバレ……もしておりますので、まっさらの状態で楽しみたい!という方は、見ないほうがよいかもしれません。いずれにしても作品は、ぜひ3冊の本で読んでいただけると幸いです。

さて。まずは創刊号のFirst Issueから。

Vol.1の扉絵。鉛筆で書いていただいているのですが、会えてのカラーページ!という贅沢な試みです。主人公は逸見具道(へんみ・ともみち)。作者である本山さんの、この名前に込められた遊び心、おわかりでしょうか?

Vol.1の一枚目。焚火にあたる逸見具道。読者にとってはものすごいどうでもいい話なのですが、この絵を見せていただいたとき、自分(若林)に似ている気がして「え・・ワタシ?」と自意識過剰な反応をしてしまいました(本山さんには、確認しておりません)。さておき、本山さんの書かれる物語には焚火がたびたび出てきます。読んでいるだけで顔がテラテラしてくるようななんともいえない描写をともなって・・。

~焚火には太い材を斜めに入れると、火の粉が舞いあがった。そして、それが揺れ動きながら消えていくさまは、まさに逸見の心中でくすぶっては消えて行く、感情そのもののようだった~

Vol.1の二枚目。大好きなカワネズミは、連載の打ち合わせの際に、ほんのりと軽く「できたら登場させてほしいのですが・・」とリクエストさせていただいたので、できあがった絵を見て「うわー!」と歓喜しました。Vol.3でもカワネズミを紹介しているのですが、そこでは成瀬洋平さんに絵を描いてもらっています。同じ鉛筆ベースの絵でも、こんなに違ってくるのだなと・・そこもまた見どころ。

~川面に顔をだして息つぎをしたあと、カワネズミは前足で平べったい石をはがした。潜んでいたカワゲラの幼虫が砂礫と一緒に流れだすと、素早く向きをかえて幼虫をくわえた。幼虫は砂礫模様のある固い体節をしていたが、細長い顎にならんだ鋭い歯が、難なくそれを嚙み破った~

Vol.1の三枚目。音もなく舞い降りてネズミを捉えるフクロウ。今回、あらためてゾクッとしたのですが、それは昨年末に死んだハイタカの爪を触った経験が関係しているのだろうと思います。それまで「つかむ」ためだと思っていた鉤爪は、一撃で相手に致命傷まで合わせてしまうことも大いにありうるものなのだろうと実感したのです。

~フクロウは翼を広げて獲物を隠し、鋼鉄のような鉤爪でアカネズミを押え込んでいたのだ。ふたたび頭をもたげて逸見の方を向いたフクロウの鋭いクチバシには、引き裂かれて毛皮のついた肉片がくわえられていた。そして、フクロウが月を仰ぎ見るような姿勢で喉を膨らませると、肉塊と化したアカネズミは一瞬にして飲み込まれて姿を消した~

Vol.2では一転、油絵の扉+不透明水彩を用いたタッチに。そしていただいた原稿にワクワクしながら目を通し、さあ割り付けるぞ・・と思ったら原稿のネーム量が依頼した2倍ほど。野生児の香菜など、新たな登場人物も加わって動き始めた物語を半分に詰めることなどとてもできない・・というわけで、ページをぐんと増やしての掲載となりました。

野生児の女の子、香菜が登場。Vol.2の物語の中心は主人公である逸見とこの香菜との掛け合いで進んでいく。

~「ヘミン、魚は逃げないよ」 小さいころの香菜は舌がまわらず「ヘンミ」と言えずに、「ヘミン」と発音してしまい、それが逸見の呼び名になっていた~

香菜に連れられ白い飛沫を上げる滝の下の淵へやってきた逸見が、その深みに潜むイワナを狙う。ここから先の釣りのシーンが、Vol.2のハイライトとなります。垂涎のポイントを前に、どのようにアプローチしていくか・・心臓が早鐘を打つ時間。

~滝から「平和の岩」まで、両岸は急斜面がつづいている。流れは深いはずだが、水面が波立っている箇所がある。土砂崩れの堆積物でできた、瀬が隠れているのだろうか。逸見は斜面にその痕跡を探した。が、露頭している岩には崩れた様子がない。ウワバミソウが根をはっているところを見ると、地盤はしっかりしていそうだった~

行き詰まる攻防の末に手にすることができた大イワナを再び流れに戻す瞬間。誌面では1ページの大きな絵で見ることができます。私はこの絵が大好きで、自分の作った本にこの絵を載せることができた・・というだけでうれしくなってしまいました。香菜も逸見も決してキャッチ&リリース派、というわけではないんですよね。釣った魚を焚火であぶる喜びも、焼き枯らした香ばしさも知っていて、そんな楽しさもまた釣りの一部であるとも思っている。でもこのイワナは結果的に放すことにした……。この原稿をいただく少し前、ある知人が完璧なサクラマスを釣りあげて、普段は食べるのに、そのときは思わずリリースしてしまったと聞いたんです。その話は面白いなーと思っていたのですが、原稿にほぼ同じことが書かれていてとてもびっくりしました。

~目まぐるしい駆け引きを終え、ようやくイワナを釣りあげた。が、そこには魚を釣るたびに、逸見が何度も体験した高揚感はなかった。解き放ったイワナに対する慈悲もなかった。 ただ、釣りあげたイワナの生死を手中にしたとき、香菜が発した何かが、逸見の内側に眠っていたものの頭をもたげさせた~

Vol.2最後の一枚。まさに思いもよらない結末に、私自身、かなり驚きました。水カビの生えた産卵後のイワナとの邂逅。なぜ、どのような意味でこのラストシーンなのか? 正直に言いますと、そこを汲み取ることが、今もなおできていません。でも、個人的にはここがまた本山作品の魅力であるとも感じています。今再び、じっくりと3冊まとめて読んでみたくなりました。ともあれ、この見開きは、私にとっては宝物のようなページなのであります。

~イワナは引きよせられるように、足許まで近づいてきた。逸見は水に手を差し入れ、イワナの腹にそっと触れた。すると、イワナは小刻みに全身を震わせ、腹ビレのつけ根から白い液を水中に放った。濃い蒼緑の水に、突然、白い雲が湧き立ったようだった。一瞬の出来事だった。やがて白い液は薄い膜状に拡散し、水に溶けて消えていった。 放精を終えたイワナは、まだ足許に浮いていた。そして、かすかに口を開けたまま下流へ漂いはじめた。 逸見は彫像のように座したまま、遠ざかるイワナを凝視しつづけた~

そしてVol.3

いよいよ最終話となります。こちらは扉絵。
Vol.1、Vol.2と、絵の内容は文章とリンクする形で描いていただいておりましたが、Vol.3では、話の内容が直接絵になっているわけではありません。どちらかというと、Vol.1~3で書かれてきたこの短篇の世界を表現した絵が並んでいます。木の根元でこちらをうかがうオコジョがかわいいです。

Vol.3の1枚目。いかにも大きなイワナが潜んでいそうな淵の岸辺にたたずむカワガラス。話は瀕死の大イワナと出会ってからさらに数年後、イワナが産卵をする季節。香菜はフランスへ留学して不在。その祖父・源八の家に立ち寄った後、竿を持たずに川へ向かった逸見は川そばで野営地を探します。

短い日照が陰り、肌寒さを感じさせるこの一枚の風景が好きです。

~荷をおろした逸見は、川岸に立ったまたしばらく水面を眺めていた。上流から心地よい風が吹きおりてくる。岸辺の灌木は、やがて訪れる季節の厳しさに耐えうるべく沈黙している。梢のざわめきに空を見あげると、ノスリが大きな輪を描きながら帆翔していた。季節の変わり目特有の静謐な大気を肺一杯に吸い込むと、逸見はタキギ探しにかかった~

Vol.3の2枚目。秋の河床のイワナ。2匹の向きが交互になっているので、おそらくは流れのほとんどない“たまり”にいる魚なのでしょう。秋色の婚姻色に染まったイワナは、渓流釣りのシーズン中に出会える姿とは、また異なる装いを見せてくれます。左上にカニがいますね。逸見が焚火を楽しむこの川のどこかでは、イワナたちのこんな川時間が流れているのでしょう。話には、作者の本山さんが「ずっと登場させたかった」という、男が出てきます。物言わぬ男と逸見はともに焚火を囲みます。逸見がウイスキィを差し出すと、代わりに何者かの肉の塊が手渡され……。

~気まぐれな風が吹くと焚火が勢いを増してボッと燃えたった。そのたびに口もとを脂で光らせたふたりの男が、炎に照らしだされた。 野蛮な晩餐が終わると、夜空を見上げていた髭面の男が唇をすぼめて、キョッキョッと鋭く尖った音をたてた。それから前歯を剥いて、腕をくの字に曲げて胸の前で合わせた。 心地よく酔いがまわっていたが、逸見の記憶の一部が覚めていた。肉塊の味覚が、かつて読んだ専門書の一節を誘いだしてきた~

Vol.3の3枚目。髭面の不思議な男と焚火の一夜をともにした逸見は、源八の家に寄り、事の顛末を話しました。風変わりな肉塊をもらったこと、そして朝起きると小さな包みが傍らの石の上に置いてあったことを。

ここで物語は源八の家に代々残されている「森のヒト」による(?)神器の話へと移っていくが、その場面に挿入される絵が、この一枚。人間がそこにいてもいなくても、人間がそれを見ても見なくても、自然はただそこに在って、ただ自然の時を刻んでいく……というような。どうなのでしょう。作者である本山さんはこのあたりも計算しているのかもしれませんが、編集担当の私にとっては、Vol.3の絵と文章との狙いが最もピタリと合った一枚のような気がしました。

~そういうと源八は桐箱の蓋をあけ、古びた和紙の包みを取りだして開いた。それを見た、逸見の首筋の毛が逆立った。 「源八さん、びっくりですよ」 そういうと、逸見は自分が焚火の側から持ち帰った包みを開いて中身をだした。そしてそれを桐の箱の中身の横にならべた~

Vo.3、そしてVol.1からつづいたこの短篇最後の一枚。これも森を駆けるリスと同じく、人の関わり知らないもうひとつの川時間を表した一枚に私には見えました。まだ繁殖期の走りの時期、イワナたちは目指す小沢へ溯上しますが、ときに少し深い淵などがあると、そこに溜まって待機する一群がいることでしょう。このイワナたちは、どんなことを考えているのでしょうか・・。

~「時の穴」とは面妖な言葉だ。が、逸見は自分を今まで、お前さん、といっていた源八が、たった今「逸見さん」と呼びなおしたことの方が気になって頭から離れなかった~

以上となります。

いかがでしたでしょうか?

ぜひとも本編を、じっくり味わってみてくださいね!〈若林〉□

 

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