昨年の夏、湧水量の豊富な近所の小さな三面護岸河川に、多くの川ミミズを観察することができました。 こんな川。川というよりも水路ですね。雨が降ると水かさが一気に増しますが、平常時の水深は足首ぐらい。大部分はコンクリートですが、護岸の上にある林などから流されてきたと思われる土砂が点々と薄く溜り、そこにはリシアなどの浮草や、水に強い陸生植物、コケなどが映えていて、それら植物がまた流れてくる土砂を受け止めるのでしょう。小さなちょっとした陸地が形成されている所もあります。 こんな感じ。そして水に浸っている根の中には川ミミズがおりました。 マッチョ虹色系。 土がなく浮草だけの所にも棲んでいます。 周囲はコンクリートですから、生息場所はわずかで狭いスペースです。 今年も観察に行ってみましたが、以前にいた場所は、当たり前の話かもしれませんが、流されて消失しておりました。 ここは昨年からあった場所。土砂がたまって植物が生え、その根が土を受け止めて長さ2m、80㎝ほどの小さな陸地となっています。 湿った土を掘ると、数種類のミミズがどさどさ出てきます。彼らにとっては、砂漠の中のオアシスのような場所なのかもしれません。 川ミミズを観察しはじめて、すでに丸々一年以上たちましたが、川底に陸生ミミズが棲んでいることがわかってから、ずっとずっと考えていることがあります。 それは「彼らはどこからやってきたのだろう?」ということです。 両岸をコンクリートで固められている三面護岸もしくは二面護岸でなければ、川底にいるミミズは陸地と川中を自由に行き来できるはずです。ですから川にいるのは、おそらくそのタイミングでは「川にいたいからだ」と推測できます。 ですが、両岸が垂直護岸されている川の場合、陸地に戻ろうとするならば、上に書いたような僅かにできた洲にたどり着くか、もしくは数メートルの護岸を上ってその上の陸地に到達しなければなりません。 二面護岸、三面護岸の川にいる川ミミズたちは、本当は土に戻りたいのに川底に住まざるを得なくなってしまった存在なのではないだろうか? という考えが湧いてきます。 先日、ミミズが雨後にパルス的に(一時的に極端に大量に)川に流入し、それがウナギの重要な餌になっているという研究が発表されました。理由はともあれ、ある種の陸生ミミズには、降雨などをきっかけとして集団の中の一部が一気に移動する習性を持っているようです。 それらは土の中から這い出してきて、川に入ってゆき、ウナギの餌となったわけですが、果たして彼らは川を目指したのでしょうか? 私は、川へのパルス的な流入と、雨後にアスファルトに大量に干からびたミミズを見ることができる現象は、似たようなものなのではないかと考えています。つまり彼らは雨をきっかけとして、ここではないどこかへ移動したかったのではないか?ということです。 一方、そんなミミズ一匹一匹の思い‥なんてものではなく、それらの移動が「種」にとってどのような役割を持つのだろう?と考えると、これもまた、なかなか趣があります。 上の写真は川辺で拾ったオニグルミとヒメグルミの実です。一部アカネズミにかじられた痕もありますが、クルミは「水散布」という種子散布を行います。つまり水辺に生えた木からポトンと川に落ちた実が流されて下流のどこかで発芽するといった、水を利用した散布です。 植物の種子散布には、タンポポのような風散布や、果実を動物に食べてもらって運ばれる動物散布や、カタバミのように莢がはじけて飛び散る散布など、いくつかの方法があります。 なぜこんな話をするのかと言うと、二面護岸河川や三面護岸河川に棲んでいる川ミミズを見ていると、オニグルミの水散布と似た印象を抱いてしまうからです。 たとえば、雨などなんらかのきっかけで、土の中から出てきた陸生ミミズが三面護岸河川に落ちていくとします。崖からの身投げのようにボタボタと水面に落ちていったミミズは、その後、どうなるのでしょうか? 川底もコンクリートに覆われている三面護岸河川で、彼らが生きていける場所は非常に限られています。 たとえば一個の石が、たまたま川底に落ちていたら、そこが彼らのとりあえずの棲家となるでしょう。上手く行けば、流されてきた植物の種が留まり、根を張ることで土砂を受け止め、植物が枯れて死ぬことで新たな土となり、ミミズが生きながらえていく環境が出来あがっていくかもしれません。 局所的に点々とできたそのような場所に上手く流れ着くことで、ミミズたちは三面護岸河川の底で、新たな暮らしをはじめられるのかもしれません。その場所の条件がよければ世代交代も行い、少しずつ増えて、新たなる集団が形作られているのかもしれません。あたかも下流に流れ着いたクルミが発芽して川沿いの木に成長するように。 たとえば開発などで、元々ミミズが土中から出てきた生息地が失われてしまったとしても、水散布によって広がった者の子孫が下流で新たなる集団を作り続けていければ、種の存続と言う意味では成り立ちます。広く仲間が分散していくことは、気象条件や人為的な干渉など、種として多様な環境変化に対応するために、とても必要なことなのかもしれません。 死滅回遊魚と呼ばれる魚たちがいます。たとえば熱帯海域を分布域とする魚がいて、そのうちの一部が海流などに流されたりして冬の寒さを乗り越えられないような場所にまで分散することがあります。いずれ死滅してしまうから死滅回遊魚などと呼ばれもしますが、最近では「無効分散」と呼ぶことが多いようです。いずれにしても無効の分散。種にとっては意味をなさなかった分散ということかと思います。ただ、そのうちの一部はもしかすると新たなる場所に順応を果たし、新たな生息地を見つけていくかもしれません。東京湾の死滅回遊魚と言えばギンガメアジなどメッキと呼ばれる幼魚が有名ですが、温排水周りでは冬を越すものもいたりして、それらは人工的ではありますが、新たなる生息域を獲得する手がかりをつかんだと言えるのかもしれません。 死滅回遊や無効分散は、種にとっては「投資のようなもの」という考えもあります。 最近は二面護岸や三面護岸の川底で川ミミズを観察するたびに、この無効分散や水散布のイメージが膨らみます。上手く生きる場を見つけられればよいですが、見つけられなければそのまま‥。川ミミズは死滅回遊魚なのではないでしょうか? 彼らは新たなる暮らしの場を求める旅人なのかもしれません。〈若林〉□
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