先日、テレ東のバラエティー番組「池の水を抜く大作戦」に関わる専門家である久保田潤一さんの著書『絶滅危惧種はそこにいる』の感想を書きましたが(それについてはこちらにて)、その流れでもう一冊、小坪遊さんの『「池の水」抜くのは誰のため? 暴走する生き物愛』(新潮新書)を読んでみましたので、今回はその感想を書きたいと思います。

小坪さんは、朝日新聞科学みらい部に所属する方で(本日現在)、私はツイッターのフォローもしています。日々、生き物や自然環境関連のニュースを発信されています。

当然、この本についても知っていたのですが、個人的に苦手な「池の水〜」の番組にあやかったタイトルを見て、気持ち的に敬遠しておりました。

新聞記者の方々が身につけているスキルには、まず持って事実をわかりやすく伝える文体があり、もう一つは中身を正しく想像させる簡潔な見出しやタイトル付けがあるかと私は思っています。新聞は見出しを見れば中身がわかるとまで言われる媒体ですからね。

ただ、近年のネットニュースには、それがたとえ大手新聞社の記事だとしても、中身を正しく伝える以上にとにかく読んでもらいたいがための見出しが付けられていることが多々あります。

あくまで私感ですが、この本のタイトルにも、なんとなくネットニュース的なあおりの匂いがしたことも、興味ある分野であるにも関わらずこれまで読んでこなかった理由です。そして私の勝手な偏見により、中身も「池の水」の番組に準じた「外来種=悪」的な押し付けが強いのではないか?と思っていたりもしました。

 

ところが今回、この本を読んでみて感じたことは、その印象とはある意味で真逆なものでした。

著者は意見や私見の「押し付け」を極力排除することに最も心血を注いだのではないか?とまで思えるほどのフラットでフェアな内容だと私には思えました。

内容はタイトルにもあるように「池の水を抜く大作戦」についてもページが割かれておりますが、それは全体の一部であり、実際には他所からの放流・放虫について、餌やりや撮影など野生動物との距離について、かいぼりの意味について、生き物と人との関わりの中で生じる意図的・非意図的な悪事について・・と、現代における自然や生き物との付き合い方、そこに起こる問題点について幅広く網羅してまとめられた本でした。ブラックバス、アメリカザリガニ、コイ、ノネコ、シカ、ヒグマ、密放流、希少動物のネット売買、餌付け、撮影などについても。

主に2015年以降の記憶にも新しい事例をもとに、何が問題なのか? どのような知識や視点が必要なのか? これらがわかりやすく記されています。

生物多様性保全の考えに基づき、科学や法律や規則、国や地方自体、学会や環境NGOの方針など、できるだけオープンで公的な根拠を示しながら、問題となっている理由を丁寧にひもといていきます。特筆すべきは、意見の強い押し付けをほとんど感じないこと。ともすれば「じゃあ一体、どうすればいいんだ?」と思う場面に当たる読者もいるかもしれませんが、この本の存在意義は第一に考えるためのベース(基盤)を読者に与えることではないかと思います。「どうすればいいのか?」の答えは、その先に読者が自らさらに先に進めて考えて欲しいという意図が汲み取れます。

結論を急ぎたい方には回り道のようにも感じますが、私は自然や生物多様性保全、そして外来種対策について考える際には、このワンクッション、つまりフラットな考えるための知識のベースをまず取り入れることが、とても大切なことではないかと考えます。

個人的に感じたこととして・・

・外来種対策の着地は都心と地方や自然度の違いなどによっても変わってくるのではないか? というような内容に割かれていたページ(「都心ではザリガニとコイくらいしか」)は、常々、都市近郊の水辺で生き物に親しんでいる身として、ぜひ多くの方に読んで欲しいと思いました。

・第4章「ダークサイドに堕ちた人たち」で、ため池にブラックバスを密放流された当事者として著者も直接取材を行なっている環境保全団体が、本書発行翌年の2021年に県などからの補助金を不正受給していた疑いがかけられました。これはすべての環境保全団体の信用を損なうことでもあり、ぜひとも著者の小坪さんには、この実情についても詳細を記事化して欲しいと願っています。まさにこの章のテーマに即したものだと思いますので(すでにされているようでしたらすみません・・)。

・本書は全体を通して生物多様性保全の考えに立った上で展開されています。生物多様性保全が前提のようにも読めます。もちろん生物多様性保全は国の方針としても定められており、また持続可能な社会のあり方としても理想であるに違いないのですが、一方で文明的な人間社会はすべからく生物多様性や生態系にインパクトを与えるものでもあります。私は本書を読む上で、皆がその文明的な人間社会の一員である自覚を持つこと、そこに属す以上は多かれ少なかれ自然や生物多様性にはインパクトを与えている存在であることを認識することが、実際に保全を進める上で重要なのではないかと考えています。

 

いずれにしましても本書には、今の時代、できるだけ多くの人に読んでもらいたい内容がわかりやすくまとめられています。日本の自然を楽しみ、守るための法律がまとめられた『いきもの六法』(山と溪谷社)が、ベストセラーになりそうな雰囲気を漂わせておりますが(すでにベストセラー?)、生きものとの関わりの問題や是非は法律だけで解決することはできません。むしろ多くの人にとって、より大切なのは「法律の周辺」のマナーだったり節度だったりする部分なのではないかと思うのですが、本書はその部分を自分で考えるためのベースを作れる一冊だと感じました。

楽しい本か?といえばそうでもありませんが、とても大切なことがとても読みやすく書かれています。自然に遊ぶ釣り人にもぜひ読んでもらいたいです。

 

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